生前贈与後の相続放棄

生前贈与後の相続放棄

相談内容
父の財産には比較的価値のある宅地とその上の建物,それと価値があまりない山林と多少の預金があります。
土地建物は父の単独所有ですが,山林は父と父の友人数名との共有です。
母はすでに亡くなっており,子供は私の他に2名います。
父の財産のうち,宅地・建物は私が取得し,他の兄弟(父の子供)には山林と預金を取得させたいと考えています。
宅地と建物を確実に取得するにはどうしたらよいでしょうか。
また,私や他の兄弟と山林の共有者たちは仲が悪いのですが,山林だけ相続から除外することはできますか。

回答

生前贈与
宅地と建物を確実に取得するには父から生前贈与を受ける方法があります。
このデメリットは当然ながら贈与税です。
メリットは相続放棄をしても宅地と建物を取得できることです。そして,それだけでなく,相続放棄と組み合わせることで,遺留分減殺請求を受けずに済みます。相続人の一人に対して生計の資本としてされた贈与など「903条1項の定める相続人に対する贈与は,右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である」(最高裁平成10年3月24日判決)とされているのですが,相続放棄をすると「相続人に対する贈与」にならないので,遺留分減殺において贈与財産の持ち戻しはないことになる(※1)。
但し,遺留分権利者に損害が及ぶことを知ってなされた生前贈与は遺留分減殺請求の対象となり,遺留分を侵害しているかどうか,すなわち,遺産トータルの価値と宅地・建物の価値が問題となります。

共有持分放棄
山林だけ相続から除外することはできません。他の兄弟たちが預金を取得したいのなら,山林と共に相続しければいけません。もっとも相続した後,山林についてのみ放棄する,つまり共有持分の放棄をすることは可能です。

民法903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。
民法1030条 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
民法1044条 第八百八十七条第二項及び第三項、第九百条、第九百一条、第九百三条並びに第九百四条の規定は、遺留分について準用する。

参考文献
※1 潮見佳男 相続法第5版316頁 弘文堂

危ない皆さんの相続

 危ない隠れた父の借金!

父死亡後、相続について何も考えずに3か月過ぎていないか?

父親が自宅を残して死亡。遺産は自宅と少しの預金。相続人は母と自分と妹。1年後に母の頼んだ司法書士の指導により、自宅の遺産分割協議書を3人で作成し、母の単独名義とした。
巷にゴロゴロ転がっている事案。しかし、これが危ない。

何が危ないか

もし、父の債権者が現れて、父が高額な借金を負っていたことが判明したら??
相続放棄は自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月の熟慮期間内にしなければならず(民法915条1項)、熟慮期間が経過すると相続したことになる(民法920条921条)。
例えば父死亡後1年後に借金が判明したらどうなるか、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とはいつか、すなわち熟慮期間はいつから始まるのか。

相続放棄に関する判例

最判昭和59年4月27日民集38巻6号698頁
 民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。
この理由からすると例外は認められないような気もするが、この判例以降、下級審で、全部あるいは一部の相続財産を認識していた事案で例外的に熟慮期間の繰り下げを認める裁判例が見られる。例外が認められた裁判例の事案のパターンは次の3つである。
○他の相続人に相続させ自分は相続しない事案
○認識していた相続財産に価値がほとんどなかった事案
○債権者が相続債務の存在することについて誤って相続人に伝えた事案
しかし、最高裁まで行ってこれらの例外が認められるかどうかは不明。
裁判例を以下紹介する。

仙台高決平成7年4月26日・・・繰下げを認めた

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月48-3-58
遺言はなく、遺産分割協議で抗告人ら以外の他の相続人に遺産を取得させた事案

大阪高決平成10年2月9日・・・繰下げを認めた

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
判タ985-257
遺言はなく、遺産分割協議で抗告人ら以外の他の相続人に遺産を取得させた事案

名古屋高決平成11年3月31日・・・繰下げを認めた

家月51-9-64
遺言はなく、遺産分割協議で抗告人以外の他の相続人に遺産を取得させた事案

東京高裁決定平成12年12月7日・・・繰下げを認めた

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
判タ1051号302頁、1096号106頁
公正証書遺言があり、他の相続人がすべて相続するものとされていた(遺言書に不動産の漏れがあり、その漏れについては遺産分割協議により処理)

高松高裁決定平成13年1月10日・・・繰下げを認めなかった

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月54-4-66
抗告人が田舎の約20坪の宅地と築後23年を経過している同土地上の建坪約10坪の木造家屋と預金15万円を取得した事案
この上告審が最決平成13年10月30日家月54-4-70棄却

東京高裁決定平成14年1月16日・・・繰下げを認めなかった

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月55-11-106
不動産を抗告人が遺産分割協議により取得
この許可抗告審が最決平成14年4月26日家月55-11-113棄却

名古屋高裁決定平成19年6月25日・・・繰下げを認めた

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月60-1-97
一切の財産を他の相続人に相続させる旨の公正証書遺言あり

東京高裁決定平成19年8月10日・・・繰下げを認めた

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月60-1-102
遺産として土地があることは認識していたが、高圧送電線用鉄塔に隣接する面積約4坪程度の変則的な三角形状の土地で、送電線路の設置及びその保全の為の土地立入等のために地役権が設定されており、単独での資産価値はほとんどない事例

高松高決平成20年3月5日・・・繰下げを認めた

相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月60-10-91
債権者からの誤った回答により債務なしと考えた、積極財産は他の相続人が取得した事案、抗告人は相続財産を引き継がないこととなっていたが、錯誤を根拠として相続放棄を認めているので、抗告人が相続財産を引き継ぐことになっていたとしても結論は変わらないように思われる。

大阪高裁平成21年1月23日判決・・・繰下げを認めなかった

連帯保証債務履行請求控訴事件
判タ1309-251
積極財産、消極財産の一部を相続

福岡高裁平成27年2月16日決定・・・繰下げを認めた

相続放棄申述受理申立却下の審判に対する抗告事件
自己において相続するものがないという認識の認定について参考になる事案。
「相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも,自己が取得すべき相続財産がなく,通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており,かつ,そのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合には,上記最高裁判例(植田注 59年判決のこと)の趣旨が妥当するというべきであるから,熟慮期間は,相続債務の存在を認識したとき又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。本件において,抗告人らは,被相続人が自宅不動産及び店舗不動産を所有していたことを知っていたが,抗告人太郎においては,春子が被相続人の相続財産を全て相続し,本件事業を継続したいとの意向を受け,抗告人太郎には相続すべき相続財産がないものと信じていたことが認められる。また,抗告人花子及び抗告人松夫は,」そもそも花子から上記意向を聞かされていないが,春子が被相続人の相続財産の全てを相続して事業を継続するとの被相続人の生前の意向又は春子の意向を当然に認識しており,実際に春子が本件事業を承継したという状況を踏まえると,抗告人花子及び抗告人松夫は,被相続人に係る相続について,自分たちが相続すべき財産がないことを認識していたものと認められる。

相続放棄の申述が受理されたが起算点に間違いがある場合どうなるか

相続放棄の申述が受理された場合であっても,上記のような起算点の問題により熟慮期間経過後の放棄であると判断される場合は,受理する審判があっても無視して,別途裁判で無効を主張すればよい(最高裁昭和29年12月24日判決)。
無効原因は,たとえば,①方式違反,②熟慮期間経過,③意思表示の錯誤,④無権代理人による意思表示である(潮見相続法第5版2014)。
別途裁判で争う場合に,確認訴訟が可能かどうかは肯定する判例(最高裁昭和29年12月21日判決)と否定する判例(最高裁昭和30年9月30日判決)がある。

どうすればよかったのか

まず、父親はメモや遺言書で負債が残っていることを遺族に知らせるべきだった。
また、子供たちは相続しないのだから、相続放棄手続きを取るべきであった。そうすれば子供たちだけでも確実に助かった(もっとも上記裁判例からすると事後的に相続放棄が認められることも十分あるから、借金判明後でも直ちに相続放棄手続きを取るべきである)。母が自己破産しても子供の財産が残るから、母の生活の面倒が見られる。
遺産を取得予定の母は負債の有無を一所懸命に調査するほかない。いや、存命中に、「怒らないから借金はないか」と父ちゃんに釘を刺しておくべきだった。まじめな父ちゃんでも保証債務を負っていることがある。