危ない隠れた父の借金!
父死亡後、相続について何も考えずに3か月過ぎていないか?
父親が自宅を残して死亡。遺産は自宅と少しの預金。相続人は母と自分と妹。1年後に母の頼んだ司法書士の指導により、自宅の遺産分割協議書を3人で作成し、母の単独名義とした。
巷にゴロゴロ転がっている事案。しかし、これが危ない。
何が危ないか
もし、父の債権者が現れて、父が高額な借金を負っていたことが判明したら??
相続放棄は自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月の熟慮期間内にしなければならず(民法915条1項)、熟慮期間が経過すると相続したことになる(民法920条、921条)。
例えば父死亡後1年後に借金が判明したらどうなるか、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とはいつか、すなわち熟慮期間はいつから始まるのか。
相続放棄に関する判例
○他の相続人に相続させ自分は相続しない事案
○認識していた相続財産に価値がほとんどなかった事案
○債権者が相続債務の存在することについて誤って相続人に伝えた事案
しかし、最高裁まで行ってこれらの例外が認められるかどうかは不明。
裁判例を以下紹介する。
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月48-3-58
遺言はなく、遺産分割協議で抗告人ら以外の他の相続人に遺産を取得させた事案
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
判タ985-257
遺言はなく、遺産分割協議で抗告人ら以外の他の相続人に遺産を取得させた事案
家月51-9-64
遺言はなく、遺産分割協議で抗告人以外の他の相続人に遺産を取得させた事案
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
判タ1051号302頁、1096号106頁
公正証書遺言があり、他の相続人がすべて相続するものとされていた(遺言書に不動産の漏れがあり、その漏れについては遺産分割協議により処理)
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月54-4-66
抗告人が田舎の約20坪の宅地と築後23年を経過している同土地上の建坪約10坪の木造家屋と預金15万円を取得した事案
この上告審が最決平成13年10月30日家月54-4-70棄却
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月55-11-106
不動産を抗告人が遺産分割協議により取得
この許可抗告審が最決平成14年4月26日家月55-11-113棄却
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月60-1-97
一切の財産を他の相続人に相続させる旨の公正証書遺言あり
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月60-1-102
遺産として土地があることは認識していたが、高圧送電線用鉄塔に隣接する面積約4坪程度の変則的な三角形状の土地で、送電線路の設置及びその保全の為の土地立入等のために地役権が設定されており、単独での資産価値はほとんどない事例
相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件
家月60-10-91
債権者からの誤った回答により債務なしと考えた、積極財産は他の相続人が取得した事案、抗告人は相続財産を引き継がないこととなっていたが、錯誤を根拠として相続放棄を認めているので、抗告人が相続財産を引き継ぐことになっていたとしても結論は変わらないように思われる。
連帯保証債務履行請求控訴事件
判タ1309-251
積極財産、消極財産の一部を相続
相続放棄申述受理申立却下の審判に対する抗告事件
自己において相続するものがないという認識の認定について参考になる事案。
「相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも,自己が取得すべき相続財産がなく,通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており,かつ,そのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合には,上記最高裁判例(植田注 59年判決のこと)の趣旨が妥当するというべきであるから,熟慮期間は,相続債務の存在を認識したとき又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。本件において,抗告人らは,被相続人が自宅不動産及び店舗不動産を所有していたことを知っていたが,抗告人太郎においては,春子が被相続人の相続財産を全て相続し,本件事業を継続したいとの意向を受け,抗告人太郎には相続すべき相続財産がないものと信じていたことが認められる。また,抗告人花子及び抗告人松夫は,」そもそも花子から上記意向を聞かされていないが,春子が被相続人の相続財産の全てを相続して事業を継続するとの被相続人の生前の意向又は春子の意向を当然に認識しており,実際に春子が本件事業を承継したという状況を踏まえると,抗告人花子及び抗告人松夫は,被相続人に係る相続について,自分たちが相続すべき財産がないことを認識していたものと認められる。
相続放棄の申述が受理されたが起算点に間違いがある場合どうなるか
相続放棄の申述が受理された場合であっても,上記のような起算点の問題により熟慮期間経過後の放棄であると判断される場合は,受理する審判があっても無視して,別途裁判で無効を主張すればよい(最高裁昭和29年12月24日判決)。
無効原因は,たとえば,①方式違反,②熟慮期間経過,③意思表示の錯誤,④無権代理人による意思表示である(潮見相続法第5版2014)。
別途裁判で争う場合に,確認訴訟が可能かどうかは肯定する判例(最高裁昭和29年12月21日判決)と否定する判例(最高裁昭和30年9月30日判決)がある。
どうすればよかったのか
まず、父親はメモや遺言書で負債が残っていることを遺族に知らせるべきだった。
また、子供たちは相続しないのだから、相続放棄手続きを取るべきであった。そうすれば子供たちだけでも確実に助かった(もっとも上記裁判例からすると事後的に相続放棄が認められることも十分あるから、借金判明後でも直ちに相続放棄手続きを取るべきである)。母が自己破産しても子供の財産が残るから、母の生活の面倒が見られる。
遺産を取得予定の母は負債の有無を一所懸命に調査するほかない。いや、存命中に、「怒らないから借金はないか」と父ちゃんに釘を刺しておくべきだった。まじめな父ちゃんでも保証債務を負っていることがある。